たかまさ’s ブログ

還暦親爺が勝手に書き綴る過激ブログ。ご意見無用!

支那のナショナリズム

左翼系の新聞も評論家も共産中国の云う「愛国心からでた反日活動に罪はない」いわゆる「愛国無罪」をそのまま鵜呑みにしている。

ところが歴史的に支那人(漢人)には国家意識などない。愛国心などあったことはない。漢人は制度を金で買う。役人は警察官を含めて賄賂がなければ動かない。彼らの興味は自分の損得だけなのだ。そんな人間が国のために何かするなどあり得ない。

第1次大戦後のシナ大陸で北京の学生を中心とした排日運動が起き、これが支那ナショナリズムの発露と云われてきた。日本の「対華21箇条の要求」がそのきっかけになったというのが定説と云われている。

ところがそれらの学生たちは当初英米系の大学や基督教青年会の幹部たちに金で雇われてデモをしたのだ。1日50銭だったそうだ。運動自体は日貨排斥だった。つまり日本製品不買運動なのである。それも「対華21箇条の要求」の4年後のことだ。不買運動はデマのオンパレードだった。

演説をすると演説賃がもらえたので争って演説をしたそうだが、「森永のキャラメルには毒が入っているから買うな」というようなひどいものだったという。この運動はアメリカが仕掛けた市場争奪戦だったのである。宣教師がその先兵だった。ハワイを侵略して奪い取ったのと同じ手口だったわけだ。アメリカは遅れてきた植民地主義国だ。日本のシナ大陸での権益が強固になればなるほど入り込む余地がなくなるので苛ついていたのだ。支那人をたきつけた排日はアメリカの策謀だったのである。

これらのどこに支那人たちのナショナリズムがあるというのか。彼らに愛国心などあり得ないことだ。金目当てで煽られて運動を起こしたにすぎない。

漢人は歴史的に明日をも知れない過酷な環境に生きてきた。そのため他人を思いやるなどの余裕はどこにもなく、子供さえ犠牲にして生き延びてきたのだ。子供の次が女を犠牲にした。弱い者が常に犠牲になる社会だったのである。今でもそうだ。人を信じることができないので自分の損得のみで動く。当然のように法律など守らない。約束も損になるなら平気で破る。人を騙すことも賢いやり方の一つだと思っている。

彼らにとって日本人は馬鹿にしか見えない。他人のためにせっせと無償で働いたり、災害で混乱しているときにも何も奪わず、施しまでする日本人は馬鹿の典型としか見えないのだ。そんなことをして何の得になるのか解らないのだ。損得が彼らの価値判断基準だからである。落ちていた金を拾って警察へ届けるなど馬鹿の見本としか思わないのだ。第一警官が着服するだけだろうと思うのが彼らだ。

彼らは本当に命より金を大事にする。金のためなら親も妻も子供も売り飛ばす。人の犠牲になることなど決してしない。道に小さな女の子が倒れていても誰も近寄らないという動画がネットで流れたことがあった。どうして漢人は近寄りもしなかったかというと子供を使った路上詐欺があるからだというのだ。子供を気遣って近寄ると子供は乱暴されたような振りをするのだ。そこへ親か雇い主が現れていちゃもんをつけるという手口なのだ。だから誰も近寄らなかったと云うわけだ。

日本で働いている中国人は条件が少しでも良い職場へ次々と変わっていくという。決して定着しない。親切にされても別に恩義は感じない。親切にするのは何かそれで得をするからだろうとしか思わないからだ。下心があるとしか思わないのだ。

戦争をするにも漢人は無茶苦茶なことをする。蒋介石の国民党政府軍は兵士を集めるのに農村から若者を拉致していた。その上で略奪・強姦を好き放題させて兵士に仕立てた。支那の兵士はごろつきか乱暴者しかなろうとはしない。拉致された者も略奪や強姦が好きにできれば染まっていく。実戦ではそういう兵士を前線に出し後ろから銃で脅して戦わせたのだ。後ろから銃で脅す部隊を「督戦隊」と云っていた。だから蒋介石の軍隊は日本軍に勝ったことがなかったのだ。南京に攻め込んで日本軍は驚いたそうだが、地下壕には足を鎖でつながれた支那兵士達がいたという。弾薬だけはアメリカから供給されていたので豊富にあったそうだ。蒋介石は兵士を鎖で縛り付けて自分はさっさと逃げたのだ。支那人(漢人)という人種はあまりにも日本人とは異質な人種なのである。